現代では軍用時計のデザインを踏襲したカジュアル系の“ミリタリーウオッチ”として人気を博しているが、もとは軍用時計とは“軍隊が制式に採用し公式に使用する時計”、または“軍隊によってオーダーされる時計”という解釈が一般的だ。戦争時に使用される時計のため精度はもとより、耐久性、視認性など、極限の環境下でも高い実用性を発揮するクオリティーが求められる。
さて、時計が軍用として作られるようになったのはいつからかだろうか。具体的な時期は定かではないが腕時計に先立って、戦場では懐中時計が用いられた。腕時計として記録が残っているものでは、1880年にジラール・ペルゴが初代ドイツ皇帝・ヴィルヘルム1世からの注文を受けて、ドイツ海軍の将校用に開発した時計が世界初とされている。
ここではそんな軍用時計の謎を二つ解明していく。
一つ目は、1940年代の軍用時計でよく見る、12時位置の矢印についてだ。これはイギリス政府所有の官給品であることを示す“ブロードアロー”というマークで、17世紀末から使われていたと言われている。
軍用として作られた時計の裏ブタには、ミルスペック(正式にはミリタリースペシフィケーション)と呼ばれる刻印がされていることが多い。このミルスペックとは各国の政府が認定した軍の採用品の仕様や性能についての規格のことを指す。
世界史上最大の領土を誇り、かつては大英帝国として絶大な権力を誇っていたイギリス。第2次世界大戦時には軍用時計は急速に需要を増したが、アメリカやドイツをはじめとす国々とイギリスとでは、そもそも国の規模が異なっていた。そのためイギリスには必要とされる軍用時計の数量も各国とは段違いとなり、数多くの軍用時計が投入されたのだ。
しかし、第2次世界大戦時の時計産業の中心はスイスであり、圧倒的な需要を賄えるほどの軍用時計を製造できるメーカーが国内になかったイギリスは、スイスの様々な時計メーカーが製造する軍用時計を輸入することで、対応をしていたのだ。
こうした当時の事情が背景にあったため、イギリスの軍用時計は実に多彩だった。そのためこれら多くの軍用時計の管理も重要となっていく。つまりそのひとつが、今回取り上げた“ブロードアロー”なのである。
二つ目は、軍用時計の腕時計に刻印されている数字やアルファベットについてだ。
これは、第2次世界大戦時に用いられた陸・海・空のいずれの軍が管理するものかを明確にした管理コードや、どんな時計なのか、どのメーカーが製造したものなのかなどを示す管理ナンバーだ。1944〜45年頃から支給が開始された軍用時計の主に裏ブタに刻印され、管理・運用をしていた。
“W.W.W.”とは“Water-proof Wrist Watch”の頭文字で、防水性能を有していることを表している。この“W.W.W.”の刻印はレイルウエイトラック、スモールセコンド、ブラック文字盤、防水リューズ、そして防水型の風防を備えていることが必須で、オメガやIWCなどスイスの時計メーカー12社が製造を担っている。製造数は14万本以上(推定)と、当時の軍用時計としては圧倒的に多かった。
ここで紹介した軍用時計の知識はほんの一部。それぞれに歴史的根拠や背景があり、実に興味深い世界である。
文◎Watch LIFE NEWS編集部
<参考文献>
・今井今朝春『新軍用時計物語』(グリーンアロー社、1998年)
・今井今朝春『新・軍用時計物語』(グリーンアロー社、1998年)
・ロービート編集部著『LowBeat vol.18』(シーズ・ファクトリー、2020年)
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