機械式時計が低迷するなかで生き残りをかけて独創的なモデルが生み出された1970年代、趣味性の高い機械式時計を求める愛好家の需要を受けて工芸品的な時計が復活した80年代、そして名門の復活と新興ブランドの誕生を背景にアイコンモデルを輩出した90年代。
この時代の時計には単なる“中古時計”という評価の枠では収まりきらない、アイコニックな意匠を備えた名作を見つけることができる。今回はトノーウオッチの名手として知られるフランク ミュラーがブランド初期に手掛けたクラシックなクロノグラフに注目してみた。
1980年代の後半から90年代の前半にかけて、ヨーロッパから世界に伝播した高級機械式時計ブーム。そのブームを牽引し、愛好家の嗜好品であった機械式時計を、一般ユーザーのレベルにまで認知させた立役者のひとつが“フランク ミュラー”だ。
92年に天才時計師フランク・ ミュラーによって創設された同社は、古典的なトノーケースを現代的に昇華させたグラマラスなケースデザインにより時計愛好家から一般ユーザーまで幅広い支持を獲得。創業から数年で、機械式時計ブームを牽引する人気ブランドとなった。
ただし、ブランド黎明期に“フランク ミュラー”の評価を高めた要因はグラマラスなトノーケースだけではない。古典的意匠であるトノーケースを独自にアレンジしたように、ラウンドケースを採用したコンプリケーションモデルが多数発表されている。フランク ミュラーが1996年からル・マン24時間耐久レースの公式タイムキーパーになったことを記念して製作されたこのエンデュランスGTもそんなモデルのひとつである。
FRANCK MULLER(フランク ミュラー)
エンデュランスGT
表面をわずかに荒らすことで光の反射を抑えつつ、立体的な美観を高めた文字盤にも初期フランクらしい丁寧な作り込みが光る。特に注目なのが美しく焼き上げられたブルースチール仕上げの針とインデックスだろう。50年代のアンティークにも見られる意匠だが、星形インデックスは立体的に成形され、文字盤に手作業で植字。リーフハンドも平板ではなく中央がわずかに膨らんだ立体的な造形を備え、先端に向けてシェープされたフォルムが優美さを際立たせている。
フランク・ミュラーは時計学校を卒業後にオークションハウス“アンティコルム”でアンティークウオッチの修復に携わっていたことが知られているが、初期の作品には、アンティークの名品から得たアイディアを独自に昇華させた機構や装飾が随所に見られる。
エンデュランスGTでは文字盤に配されたアイコニックな星形インデックスが存在感を主張しているが、これも1950年代の時計に確認できる意匠がベース。厚めのベゼルが印象的なケースは、古典的な懐中時計の雰囲気を取り入れつつ、フランク ミュラーらしい官能的なフォルムに仕上げられている。
フランク ミュラーといえばトノーケースが有名だが、ラウンドケースにも卓越した審美眼が光る。どことなく古典的な懐中時計を思わせるケースは、風防からベゼル、ケース、裏ブタまでが連動して美しい曲線を描き、重厚かつ優美な雰囲気を醸し出している。大振りなラグも程よいアクセントを効かせており、重厚な飾りネジ(ネジ頭を傷つけないようベルトはバネ棒で設置)が個性をプラスしている。
文◎Watch LIFE NEWS編集部
【そのほかの記事もチェック!】
■【昭和&平成の隠れた名作:Vol.10】ポルシェデザイン by IWCのコンパスウォッチ