何よりも、普段は会話には出るものの、遠い存在である伝説的な時計師とも、奇跡的な出会いを果たしたのが良い思い出となりました。
フィリップ・デュフォー氏とは、ジュー渓谷の小さな街のレストランでローマン・ゴティエ氏とのランチタイム中に、その後のHotel des Hor logers(APが運営するホテル)でのディナーでは、カリ・ヴティライネン氏と出会いました。
AHCIの展示会場では、アンデルセン氏とチャイキン氏という、私のオートマタジョーカーのユニークピースを手がけた時計師2人に会えたほか、デュフォー氏とヴティライネン氏にも再会するなど、奇跡的な出会いばかりでした。
面白いことに、日本の時計師である浅岡肇氏とも、ジュネーブで初めてお会いして時計にまつわるお話を聞かせていただくことができました。
彼らには会う予定があったわけでもなく、たまたまこのような豪華メンバーのいる場に立ち寄るというのは、何らかの縁を感じざるをえません。ひょっとして、この世には時計運というものが存在するのかもしれませんね。
共通して言えるのは、「私はあなたの時計を所有していますよ」と言うと、皆様とてもうれしそうに笑顔で開発や製作のエピソードを話してくださる点です。
これら展示会の醍醐味には、発表されたばかりの時計を真っ先に見られるということがありますが、SNSが発達したこの情報社会では、多くのメディアに加えて、あまりフィルターのかかっていない撮られたままの製品写真がすぐに見られることもあり、そこにはあまり旨味は感じられなくなってきています。
しかし、普段は聞けない作り手の裏話が聞けたり、普段は見られないブランドや希少な腕時計を自分の目で見て、触ることができるのは、かけがえのない体験となりました。
メジャーから独立系ブランドまで 腕時計は、作られている現場を見ると価値観が変わります。普段何気なく眺めている部品一つひとつに、加工や仕上げの手間がかけられていることを実感すると、特に高級腕時計が高級たるゆえんを理解できるほか、腕の上で正確に時を刻んでいること自体が大ごとであると気づけるからです。
すでに皆様も雑誌やSNS上で新作はご覧になってきたでしょうから、ここでは特に特徴的であったものだけを取り上げたいと思います。
今回の特徴としては、コロナによるブランクと市場の盛り上がりとのギャップが反映され、各ブランドが様々な新しい冒険をしている点が挙げられます。
パテック フィリップは、既存のメイン顧客層より下の30代を狙ってか、かつては特殊なモデルにしか採用しなかったカジュアルな意匠をエントリーモデルに適用してきました。
ロレックスは、いままでにないポップなオイスターパーペチュアルやパズル文字盤のデイデイトが話題になりました。エナメル文字盤は、1日に1枚しか作れないという噂もあり、日付けが31種類の絵文字になっているという、ロレックスらしからぬ遊びにあふれています。
輸入品である場合、メディアやブランドの日本支社、輸入代理店の特質上、ブランドのキャッチコピーや哲学がそのまま日本にまで伝わらないことが多々あります。そういった意味では、スイスに来て、現地でブランドの人々の話を聞くことは、その修正にも大いに役立ちます。
そして誰も取り上げない、日本に入ってきてもいないブランドは、行って直接話をうかがうしかありません。今回はMB&FやMontres KFなどを訪問し、新作時計を見せていただいたり、ブランド哲学について聞かせていただいたりする機会を得ました。