先週の月曜日にロレックスの2023年新作が発表された(関連記事参照)。その顔ぶれを見てみなさんはどう感じたのだろうか。筆者がまず驚いたのは新作として発表されたモデルの多さである。基本的には既存モデルのバリエーションだったが、内容はともあれ毎週連載コラムを書いている身としては、ネタがいっきに増えたため、大助かりだ(笑)。
そんな新作については、次週から一つひとつ掘り下げて紹介するとして、今回は生産終了となってしまった“ミルガウス”についてあらためて紹介したいと思う。
機械式の腕時計の天敵と言えば“水”と“磁気”である。そんな厄介者のひとつ“磁気”に対抗するべく優れた耐磁性能に特化して開発されたのがミルガウスだ。そのため名前もフランス語で1000を表す“ミル”と磁束密度の単位“ガウス”を組み合わせた造語であることは有名だ。
つまり1000ガウス[8万A/m(アンペア毎メートル)]の磁場に耐えうる性能を有した耐磁時計である。そして、そのファーストモデル、Ref.6541が誕生したのは1956年のこと。実に60年以上も前だ。
50年代といえば、テレビの本放送が始まったばかりで、テレビ自体もまだそれほど普及はしていない、もちろんいまのようにパソコンなどあろうはずもない。つまり、磁気を発するデジタル機器とはほとんど無縁に等しかった時代に誕生したことになる。
しかも一般的な機械式腕時計においては、その信頼性と精度に影響を及ぼすと言われている磁場が50〜100ガウス。それに対してミルガウスは、0.1ステラまたは8万A/m(アンペア毎メートル)に相当する1000ガウスまでの磁束密度に耐えるように作られた。この数値だけみても、そんな時代に如何に特殊な時計だったかがおわかりいただけるだろう。
しかし70年代に入り、より磁気の影響を受けにくい耐磁クォーツが登場するなど、市場での優位性を見いだせずに、33年ほど続いたミルガウスの系譜は88年頃で一旦生産終了となった。
それから約20年後の2007年。ミルガウスは電撃的に復活を果たす。それが今回生産終了したRef.116400だ。ファーストモデルのアイコンでもあったイナズマ秒針までもが再現されたことで大いに注目を浴びた。
当初は、ロレックスのコーポレートカラーであるグリーンがかったサファイアクリスタル風防を採用した116400GV(トップの写真、黒文字盤タイプ)と、通常のサファイアクリスタル風防に黒・白それぞれの文字盤を採用する116400の全3種がラインナップしていた。
その後、黒(2015年)と白文字盤(2016年)のみが廃番となり、代わりにグリーンサファイアクリスタル風防タイプにZブルーと称される新色(写真)文字盤が14年に加わった、そしてこの2種類のみのラインナップで展開されてきた。
ちなみに、ミルガウスだけが採用するこのグリーンがかったサファイアクリスタル風防だが、公式に発表されたわけではないものの、一説にはこの微妙な透明感のあるグリーンを出すのが技術的にとても困難だったため、最初の頃に生産された個体のそれは、日本のメーカーが作ったと言われ、当時話題を呼んだ。
そんなミルガウスだが、ポジショニングが微妙だったことは否めない。耐磁性能に優れているとはいえ、磁気シールドのインナーケースを内蔵するためにケースは厚くなり重い。そためスポーツ系に寄せれば良かったのに、ケースやブレスにはポリッシュ(鏡面)仕上げが多用されていることもあって、好き嫌いがはっきり出たのではないか。あまり人気が高いとは正直言えなかったのである。
加えて、近年はミルガウスの耐磁性能をはるかに超える性能を有したモデルがオメガなどからリリースされるなど優位性はもはやなかったこともあって、今回の結果を受けて「やっぱりね」と思った方は多いだろう。
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