腕時計黎明期のムーヴメントは耐久性を確保するため、受けなどのパーツにもある程度の厚みをもたせていた。1920年代後半のロンジン12系などがその好例だろう。しかし、腕時計が広く普及した40年代以降は、自社の技術力をアピールする目論見もあって、薄さを追求するメーカーが徐々に増えていった。
薄型のメリットは、第一に装着感に優れることである。またシャツなどの袖口に納まるサイズ感は見た目にも非常に上品である。その反面、衝撃や磁気には強くなく、こうした特性上、薄型ムーヴメントの大半は高級なドレスウオッチに採用されている。
この分野で存在感を示したのが、時計界の3大ブランドをはじめとした老舗である。パテック フィリップのように自社で開発したムーヴメントを搭載したブランドもあれば、オーデマ ピゲやヴァシュロン・コンスタンタンのようにエボーシュベースを搭載したブランドもある(エボーシュとは言え、独自のブラッシュアップを加えることが多くその完成度は非常に高い)。
その搭載モデルの多くが外装にゴールドなどを採用しているために値は張るが、それでもアンティークモデルは現行と比べてかなりお値打ち感がある。これも大きな魅力と言えるだろう。
オーデマ ピゲ[Cal.2003]
厚みをわずか1.64mmに留めた薄型機。ジャガー・ルクルト社製が製造したムーヴメントがベースであり、美しい装飾も施された。ヴァシュロン・コンスタンタンでも同じくジャガー・ルクルト製ベースのムーヴメントを数多く展開している
ヴァシュロン・コンスタンタン[Cal.1000系]
ルクルト製エボーシュをベースとする薄型の1000系キャリバー。写真はそのセンターセコンド仕様の1002である。3.5mmを切る薄さで、受けに施されたコート・ド・ジュネーブ装飾も美しい。ジュネーブシールも取得
パテック フィリップ[Cal.27-AM400]
手巻き12型(約27mm)ムーヴメントの完成形。厚さは4mmあるが、このベースムーヴメントは1930年代に完成しており、当時ではかなり薄い。この27-AM400ではムーヴメントの受け外周部分を面取りすることで、小さいケースに納めた
ピアジェ[Cal.12P]
1960年の発表当時、世界最薄を誇った自動巻きムーヴメントで、厚みはわずか2.3mmしかない。ローターをベースムーヴメントのなかに組み込むマイクロローター式を採用することで、薄型化を実現した
いずれも老舗ブランドという点でも安心感があるが、ビギナー向けという視点からあえてひとつに絞るとしたら、おすすめはヴァシュロン・コンスタンタンの1000系だ。
完成度はいずれも高いが、一方で相場に大きな開きがあることもその理由として大きい。頭ひとつ抜けているのはパテック フィリップで、予算は最低でも150万円は必要だろう。対してヴァシュロンの1000系はそれほど高騰してない。直径が約21mmと小さい1000系は、それゆえにケースサイズも30mm径前半と比較的小振りなモデルが多い。海外ではこのサイズの需要がそれほど高くないため、このことが値ごろな相場にも繋がっている。一方でデザインのバリエーションが豊富であり、予算100万円であれば選択肢は結構あるというのもおすすめの理由だ。なおベース機を同じくするオーデマ ピゲの2000系でも同様のことが言えるが、こちらの流通量は多くなく、“選択の幅”という点でヴァシュロン・コンスタンタンに軍配が上がる。
またピアジェの自動巻き12Pは、エポック的な価値は高く評価されているものの、当時のマイクロローター式はいまほどに巻き上げ効率なども高くなく、実用としては少し不安があるため、ビギナーにはやや扱いにくいかもしれない。
文◎堀内大輔(編集部)/写真◎笠井 修