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アンティーク時計、不滅の傑作選【カラトラバ】

 パテック フィリップのカラトラバが誕生したのは1932年のことである。一度も途切れることなく、今日まで実に90年も続いた不朽の傑作だ。アンティーク時計の愛好家のなかには人生最後のコレクションに選ぶ腕時計として、このカラトラバを挙げる人は圧倒的に多い。その理由こそこの永遠不変さなのではないだろうか。

 カラトラバが登場した32年は、懐中時計から腕時計に代わろうとしていた時代であり、デザイン面からすると幾何学的な線とパターン化された装飾が中心のアール・デコ全盛の時代だった。そんな時代にあって、フラットなベゼルに直径31㎜の真円のケース、基本的には3針でカレンダーもないなどいたってシンプルな作りである。しかしながら、それは時刻を表示することを目的として作られたものであり、それゆえかなり計算し尽くされたものだった。

1932年に誕生し、39年という長きにわたって製造されたRef.96。その間、ムーヴメントは幾度か載せ替えられているものの、基本デザインは変えず、独自のデザインコードが終始徹底された。時代が変わろうとも、不変の美しさを備えるカラトラバが、いかに完成されたデザインであるかがわかるだろう

 

 32年に発表されたカラトラバの象徴的な最初期のデザインを見ると、直線的で力強いドフィーヌ針は、表面をフラットではなく山形の立体的な造形を採用し、斜めからも見やすいよう視認性に配慮して作られている。同じくアプライド化された砲弾型のインデックスも多面カットされて角度によって陰影が生まれるように考えられている。しかもその上辺は文字盤の中心から正確な放射状に位置し、これにより長針の先端は5分ごとに、短針の先端は1時間ごとにその上辺と完璧に重なる。これが今日において、腕時計の基本デザインがこのカラトラバによって確立された、と言われるゆえんなのだ。

Ref.96が誕生した1930年代以前はアール・デコ全盛の時代であり、腕時計ケースにもデコラティブなデザインが取り入れられることが多かった。そんななかパテック フィリップでは、ケースとラグを一体化し、流れるような美しいケースフォルムを採用。そしてフラットベゼルのものをカラトラバラインと呼ぶ

 いまでこそ時計が好きな人ならば知らない人がいないカラトラバだが、実は当初、カラトラバという名前は存在しなかったことをご存じだろうか。ファーストモデルの名称はレファレンス96(Ref.96)だったらしい。いわゆる“クンロク”の愛称で呼ばれるレファレンスナンバーが名称だったのだ。ではカラトラバ名とはどこからきたのか。
 そもそもカラトラバとは、12世紀にスペイン南部のカラトラバ要塞をイスラム勢力の侵攻から守った、スペインのシトー派修道会の騎士団の戦旗に描かれた十字のことである。1887年にそのカラトラバ十字をパテック フィリップが商標登録したものである。そのため、Ref.96のスタイルであるフラットベゼルに真円のケース、そしてケースからラグにかけて一体化したラインをカラトラバラインということはあってもモデル名としては使われてこなかった。あくまでも当時のディーラーやコレクターの間で使われていた俗称だったのである。

“カラトラバ”とは、もともと12世紀にスペインで設立された“騎士団”に由来している。パテック フィリップでは、この騎士団のエンブレムを模した“カラトラバ十字”をブランドシンボルとして採用したのである

 それがパテック フィリップを象徴するモデル名として正式に使われるようになったのは何と1980年代に入ってからだったのだ。つまり、愛好家が名付けたと言っても過言でないかもしれない。

 

時代とともにムーヴメントが変更されていったRef.96

Cal.12SC搭載
センターセコンド仕様のCal.12SCを搭載するRef.96のバリエーション。主に1940年代に製造された。なおこのキャリバー自体の製造本数が少ないため、これを搭載するRef.96も非常に希少である

 

Cal.12-400搭載
Cal.12-120に耐震装置を加えるなどの改良を施した12-400を搭載するRef.96。また地板の外周に幅広い面取りを施すことで、より丸みを帯びた文字盤や裏ブタを与えることが可能となった

 

Cal.27-AM400搭載
オールドパテック唯一の耐磁ムーヴメントとして知られるCal.27-AM400を搭載するRef.96。主に1960年代に製造された。れっきとした耐磁性時計だが、従来のフォルムを踏襲し見た目に大きな変化はない

 

 

文◎堀内大輔/写真◎笠井 修

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