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アンティーク時計、不滅の傑作選【グランドセイコー】

Grand Seiko グランドセイコー

 

もの作り大国の矜持を示した記念碑的モデル

1960年に発表された初代グランドセイコー。文字盤にクロノメーター表記が記されているが、これは実際にはスイスクロノメーター規格をパスしたものではない。ただ社内でスイスクロノメーター規格に準じたテストを実施し、これをパスしている。 ■金張り(35㎜径)。手巻き(Cal.3180)

 

いまや海外からも多くの注目を集める国産アンティークの花形、グランドセイコー。
時計後発国であった日本のセイコーが“スイス製時計の精度に負けない日本製時計を生み出す”という目標を掲げて、部品、組み立て、調整のすべてに最高レベルの技術を導入し、1960年に発表したモデルだ。

1961年に発行された『国際時計通信』に掲載されたグランドセイコーの広告記事。広告では、スイスクロノメーター規格と同じテストを経ていることに加え、ハック機能を備えていることをアピールしている

当時のセイコーには、諏訪精工舎と第二精工舎という二つの製造拠点があり、それぞれが独立して製品開発を行っていた。両社をあえて競合させることで、技術力の向上を図っていたというわけである。グランドセイコーを開発したのは前者で、これに対し後者ではキングセイコー(61年)を完成させた。
時計の本質を追求したグランドセイコーでは、とりわけ精度へのこだわりは徹底しており、当時のスイスクロノメーター規格と同等の厳しい社内規格を設けていた。ちなみに初代グランドセイコーは、金張りケースで2万5000円という価格で販売されている。当時の大卒男子の初任給が1万円ほど、かつグランドセイコー以前の最高機種でも1万2000円程度であったことを踏まえると、国産時計としてはかなり高額なものだった。これほどの高額モデルが市場で受け入れられるかは、おそらく賭けだったに違いない。そうしたリスクを背負いながらも製品化されたグランドセイコーの精度は、実際、スイスクロノメーター機と遜色なく、国内市場で高い評価を得た。

 

その後、65年には、ケースをステンレススチールに改め、さらにスクリューバックを採用して、実用性が高められてた通称“KSK”が登場する。このKSKは初代にはなかった防水性能に加えて、デザインも全体がシャープになり、キングセイコーにおいてのデザインのオリジナリティーも確立した。先に、このモデルの復刻版がレギュラー展開されることが発表され、大きな話題を集めたことも記憶に新しい。

1965年に発表されたキングセイコー“KSK”

 

このモデル以降も、グランドセイコーは“精度追求”を基本概念に様々なモデルが生まれる。67年には自動巻きの62GSと第二精工舎製ムーヴメントを搭載した44GS。続いて68年にもハイビート自動巻きの61GSとハイビート手巻きの45GS。さらに69年には月差±1分以内という驚異的な精度を実現したV.F.A.を完成させている。
こうしたグランドセイコー開発に伴う精度追求における一連の成果は、60年代半ば以降、スイスの天文台コンクールの結果として顕著に現れはじめる。68年には名だたるスイスメーカー勢を押さえてセイコーがコンクールの上位を独占。“スイス製時計の精度に負けない日本製時計”の目標はわずか10年ほどで達せられたのである。


初の自動巻きGS
グランドセイコーで初となる自動巻きモデルで1967年に発表。62系キャリバーを搭載し、62GSとも呼ばれる。なお、この62GSよりデイデイトモデルの展開も開始された

10振動GS
62GSが発表された翌1968年には、国産初となるハイビート自動巻きの61系キャリバーを搭載したグランドセイコーがリリース。風防がカットガラスとなったユニークなバリエーションも展開された

 

文◎堀内大輔(編集部)

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