二つのテンプを備えていることから、ずばり“ダブルテンプ”とも呼ばれるムーヴメントがある。
これはシンメトリーな配置もしやすいことから、通常とは反対の文字盤側へセットし、デザインの一部として取り入れているモデルも多い。このダブルテンプをもったデザインを得意とするブランドとしてはブレゲやアーミン・シュトロームなどが挙げられるだろう。ただ近年はこうした高級ブランドだけでなく、数万円台のカジュアルブランドの時計でもダブルテンプ仕様を見ることができる。
そのため、“あくまでデザインの一部”と誤解されてがちだが、本来の目的は別にある。
テンプの共振を起こして精度向上に寄与させたアーミン・シュトロームのミラード・フォース・レゾナンス
その本来の目的とは簡潔に言うと、精度の向上と安定だ。
では、どういった仕組みで精度の向上に寄与しているのかというと、“レゾナンス”、つまりは共振現象を応用しているのである。ここで少しこの共振現象について解説したい。
“隣接する二つの振動体は互いに影響を及ぼし、やがて同期する”。共振と呼ばれるこの物理現象に最初に着目したのは、振り子時計の発明者として知られる、17世紀のオランダ人物理学者、クリスティアーン・ホイヘンスである。その後、18世紀に入ると天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが二つの振り子の共振現象を応用した時計の製作に成功している。
共振を起こすことによって得られる1番のメリットは、歩度が安定するということだ。
テンプは、重量やバランスに個体差があり、かつ重力や外的な影響を受けるため必ずしも歩度は一定とはならない。どうしてもバラつきが出てしまうのだ。このバラツキを中和させるために用いたのが共振現象である。
例えば二つのテンプを共振させたテンプの場合、一方に遅れが出たとしても、もう一方のテンプがそれを補うように進みを早めるなどである程度中和できるのだ。
またテンプは直径や重量が大きくなるほどに外的影響を受けにくくなる。一つひとつのテンプは大きくなくとも、共振することで大型のテンプを備えているのと同じメリットが得られるのだ。
ミラード・フォース・レゾナンスが搭載するCal.ARF15。このムーヴメントでは片方のテンプの振動をバネによってもう片方のテンプに伝え、共振させることで精度の安定化を図っている
この現象を時計に応用するには非常に高い技術を要するため、現在においても製造できる時計メーカーは限られている。ブレゲやF.Pジュルヌ、アーミン・シュトロームなどの一部だけで価格も数百万円クラスだ。
ではなぜカジュアルウオッチなどでもダブルテンプが可能なのか。実はこうした時計の多くが共振現象を伴っていない。あくまでデザイン的なものであることが大半なのだ。そのため、同じダブルテンプでも正確には違いがあり、共振現象を伴うものを“レゾナンス機構”として区別していることが多いのである。
文◎堀内大輔(編集部)