2012年に安倍内閣が発足後、円安基調にシフトした日本経済は少しずつ復調に向かっていった。一方のリーマン・ショック以降にV字回復をみせ、活況を呈していたスイス時計産業は、急激に進んだスイスフラン高の影響で状況が一変した。最終回は2015年以降に苦境にあえいだスイス時計産業を中心にみていく。
2015年、高級腕時計市場も無視できない新たな潮流が生まれようとしていた。それはスマートウオッチ。機械式やクォーツ式といったものでは括れない、まったく新しい腕時計の概念である。
その年のバーゼルワールドでは、タグ・ホイヤーやブルガリといったラグジュアリーブランドもスマートウオッチを発表するなど、15年はまさにスマートウオッチ元年となった。そのためパワーウオッチでも14年9月号の77号と15年7月号の82号の2回特集を組んでいる。両者で取り上げた機種を見比べると、わずか1年余りの間に、格段に進化していたのに驚く。
77号(2014年9月号)と82号(2015年7月号)でスマートウオッチに関する特集を組んだ。77号で取り上げた機種はスマートフォンのメーカーが主だったがアップルウオッチが登場した82号(写真)になると、各時計専門メーカーからも続々とスマートウオッチがリリースされた
また、それとは裏腹に、これまで好調に推移してきたスイス時計産業だったが15年を境に陰りが見え始める。世界的に輸出が大幅に後退したのだ。原因についてはいろいろ言われていたが、急激なスイスフラン高、および中国の経済成長失速と汚職対策による香港や中国への輸出激減が大きく影響したようだ。
16年のバーゼルワールドで発表された新製品には、その危機感からか消費者の需要喚起を促すための、実用に則した堅実的なものが多く見受けられた。その好例が高級ラインにおけるステンレススチールモデルの商品化やスタンダードモデルの強化といった現実的な価格設定と質の底上げであった。
この傾向は17年の新作にも引き継がれ、業界関係者からは「トレンドやテーマ性が感じられない」といった声が挙がったものの、時計ユーザーからすればむしろ歓迎すべきことだと思う。
そして18年のバーゼルワールド後にまたもやスイス時計産業に激震が走るある重大な発表が、時計の巨大企業グループであるスウォッチグループからなされた。それは2019年のバーゼルワールドに出展しないという表明だった。この影響はほかの時計メーカーにも波及し、出展を取りやめるところが相次いだ。
2019年のバーゼルワールド内。入り口側はこれまでどおり変わらないが、奥に陣取っていたスウォッチグループがすっぽり抜けたために、入場者数もかなりの数が減っている
これはバーゼルワールドだけに留まらず、SIHHでも2020年からはオーデマ ピゲやリシャール・ミルも出展を取り止めることを表明するなど、2019年はある意味でこの巨大な見本市ともいうべきビジネスモデル自体の今後の在りようを考えさせる大きな転換期となったのである。
さて、2001年以降、今日までの高級時計市場を僕なりにざっと書かせていただいたが、いかがだっただろう。今回は、あくまでも時代ごとの時計市場の動きを中心にまとめた。しかし、今回あえて触れなかったが、この間には、新技術や新機構などプロダクト面に目を向ければもっと多くの注目された技術革新やトピックが生まれている。最後にこの点だけはひと言付け加えておきたい。
そして、今日の時計市場について思うことは、とにかく成熟した市場になったということ。プロダクト面のクオリティもさることながら、それを購入するユーザーの知識レベルも明らかに18年前と違う。同時にユーザーと時計メーカーをつなぐメディアへの要求もかなり多様化した。
ただ、こんな成熟市場だからこそ、時計専門の媒体社として、2020年以降もこれまで通りバイヤーズガイドとしての基本姿勢を変えずに貫きたいと考えている。なぜならば究極の目的は〝時計を買う楽しみ〟にあるからだ。
そして、いよいよ2020年。時計業界がどうであれ、まずはユーザーが純粋に時計を楽しめる、そんな年であってほしいと願いたい。
■2001年からの高級時計市場を振り返る【第1回】いくらで買えるのか原点はここにあり
■2001年からの高級時計市場を振り返る【第2回】世界的な時計ブームで右肩上がりに急成長
■2001年からの高級時計市場を振り返る【第3回】世界を襲った未曾有の経済危機
■2001年からの高級時計市場を振り返る【第4回】業界再編を促したETA2010年問題
菊地 吉正 - KIKUCHI Yoshimasa