日本経済にも多大な影響を与えたリーマン・ショックから3年後、ようやく少しずつ回復基調にあったところに起こったのが東日本大震災だった。ここでは2010年から13年までを振り返ってみたい。
2011年といえば忘れもしない3.11こと東日本大震災が起こった年だ。その日は3月30日発売のパワーウオッチ57号の校了をちょうど1週間後に控えたタイミングだった。
編集部には損害もなく作業的にも問題がなかったのだが、使っている印刷用の紙が東北にある工場で作られていたために、津波の被害を受けており、その用紙が間に合わないという問題が発生した。結局は間に合って予定どおりの発売日に刊行できたのだが、逆にこの状況下で果たして雑誌を出しても売れるのだろうかということのほうが本音ではかなり気がかりだった。
しかし、結果的には多少は落ちたものの、危惧するほどの落ち込みにはならなかったのである。
さて、ここでちょっと先述したETA社のムーヴメント供給停止問題のその後について触れておきたい。当初、06年としていたが、時計メーカーおよびセリタなどのムーヴメント供給会社からの猛抗議により、スイス連邦競売政策委員会(COMCO)の裁定を経て、供給停止という事態は回避。その代わり“10年までに供給を段階的に縮小する”とされた。これが業界でいわれる“ETA2010年問題(その後20年まで延長された)”である。
これを受けて自社ムーヴメント開発が現実に加速し、各メーカーは大グループの傘下に収まるなど業界の再編が進んだ。それは自社で作るには莫大な開発資金が必要だったからである。
2013年11月刊行の73号に掲載した国内定価改定に関する資料(2013年に実施されたメジャーブランドにおける国内定価の改定時期)
12年7月に刊行した65号では「高級腕時計ウワサの真相を探ります」と題した特集を組み、ETA2010年問題は、その当時の時計メーカー、ムーヴメントメーカー、そしてパーツメーカーにどのように影響し再編を促したのか、その関係性を表すブランド相関図とともに詳細記事を10ページにわたって掲載し大変好評を博した。
また、12年には安倍内閣が発足し、これまでの円高が一転、円安へと進む。そして、13年にはスイスフラン高が異常なほど急激に進んだ(第2回に掲載したグラフ参照)。そのためスイスの時計メーカーのほとんどが定価を値上げ。なかには1年間に2度実施したところも少なくない(表参照)。これはかなり異例。それだけスイスフラン高の進行が急激だったことを示していた。
さて次回の最終回は「さらなる多様化と現実路線への回帰」をお届けする(12月31日11時50分を予定)。
■2001年からの高級時計市場を振り返る【第1回】いくらで買えるのか 原点はここにあり!
■2001年からの高級時計市場を振り返る【第2回】世界的な時計ブームで右肩上がりに急成長
■2001年からの高級時計市場を振り返る 【第3回】世界を襲った未曾有の経済危機