Watch LIFE NEWS編集部・副編集長、佐藤が、BASELWORLD(バーゼルワールド)2019を現地取材。各ブランドから発表された新作の魅力をレポートします。今回は諸事情から、有名人気ブランドの新作ではなく、会場で発見し、個人的に気になっていた独立時計師の作品を紹介したい。
再び脚光を浴び始めた独立時計師という存在
独立時計師。世の中には数多くの時計ブランドが存在するが、そうしたブランドや企業に属さず、卓越した時計製造技術をもって、個人として時計製造を行う時計師を指してこう呼んでいる。時計業界的には、独立時計師アカデミー(Académie Horlogère Des Créateurs Indépendants、AHCI)と呼ばれる国際的な組織に属するメンバーを指すことが多く、実は日本にも、この独立時計師アカデミーに所属している日本人が2人(※4月に準会員となった牧原大造氏を含めると3人)もいる。
1人は日本人として初めて独立時計師アカデミーの正会員となった菊野昌宏氏。和のテイストを取り入れた腕時計を手掛けて世界的に評価されている方で、最近、TBSの『情熱大陸』や『クレイジージャーニー』など、テレビ番組でも取り上げられていたので“知ってる!”という人も少なくないのではないだろうか。
そして、もう1人は浅岡肇氏だ。菊野昌宏氏に次いで独立時計師アカデミーの正会員となった方で、2009年に日本人では初めてゼロから設計・制作した超複雑機構のトゥールビヨン搭載の腕時計を発表(市販されたものは2011年)したことで大きな注目を集めた。
少々前置きが長くなってしまったが、今回紹介するのは、そんな独立時計師の時計の話だ。
さらっとすごい時計を見せてくれた気鋭の独立時計師
今年のバーゼルワールドには会場の端も端、ブースと呼べるようなものではなく、机と椅子を並べたような“Incubator”と呼ばれる一角が設けられていた。そこには、それこそ誕生したばかりの無名に近いブランドなどが細々と時計を発表していたのだが、そこで時計を見せてもらったのが、SYLVAIN PINAUD(シルヴァン・ピノー)という人物だ。彼はもともと時計職人の息子で、時計学校で時計を勉強。卒業後は古い時計の修復の仕事をしながら、2017年末から独立時計師として活動をスタートさせたばかりだという。
彼が見せてくれたのは、手巻きのモノプッシャークロノグラフだ。資料によれば、ETAの手巻きムーヴメント、Cal.6497をベースに歯車と脱進機のみを残し、残るパーツはすべて再設計してクロノグラフに仕立てたというものだ。そんな時計をポンと手渡されたのだが、ものスゴく軽い。聞けば、メカニズムを見せるためにスケルトナイズしたのに加えて、ケースにチタンを使っているのだという。
時計専門誌をはじめ、いわゆる時計ツウの人たちの間では、磨きがいかすごいかとか、こんなところもキレイに面取りしてあるなど、仕上げのようなわかりやすく具体的なポイントから時計が語られることが当たり前になった。
彼が見せてくれた時計は、ムーヴメントはETAをベースにモディファイしたものだし、仕上げなども特別ものすごいという感じではないのだが、工業製品的な時計にはない存在感と特別なインパクトを漂わせた魅力的な時計だった。客観的でわかりやすい基準で時計が評価されるということは今後ももちろん重要なことだと思うが、一方で、そうした仕上げなどのような基準では測れない時計の価値ももっと評価されても良いのでは?と感じさせる、今年のバーゼルワールドの取材のなかで忘れられない1本となった。
文◎佐藤杏輔(編集部)