左の金無垢のレマニアは、粋筋の料亭の主人の形見。「着物を着る人に」と杉さんに託されたもの。歳を重ねたいま、右のパテック フィリップ同様、シンプルだが質の高い時計に引かれるという
腕時計はもちろん、懐中時計にアクセサリーウオッチまで時計は40個ほど持っていたこともある。そんな中から「この1本」と見せてくれたのは、シンプルな黒革ベルトのパテック フィリップだ。
「20代のとき、撮影所のスタッフにお金を貸して、代わりにもらったんです。当時は全然興味がわかなくてねえ。地味だし、年寄りの持つ時計みたいだって。1回も着けずにいたんだけど、20年も経ってからかな、分解掃除してもらいに銀座の服部時計店に持って行ったら、『これを見たのは店の歴史の中でもまだ2回目ですよ!』と感心されてね。何かの記念で作られた希少なものらしい。『さすが杉さん、凄い時計だ』と言うんだけど、凄くは見えなくてね」
時計に興味を持ったのは、“遠山の金さん”を演じる少し前くらいの頃。キラキラ輝くジュエリーウオッチが好きで、自分でもたくさん買い集めた。とにかくスターは派手な時代だったのだ。
「当時はネックレスも二重三重、サングラスをかけ、そこに浴衣を着て足元は雪駄、それでアメ車を運転して撮影所に行っていました」
でも、30代の半ば頃、そういう格好をすっぱりやめた。「外見をいくら飾っても、中身が輝いていないとだめだと思って」。そう思うようになったのは、いまも息長く取り組んでいる福祉活動の場を通じてだ。
「最初はジャラジャラネックレスをして行ってたんですよ。でも、やっぱりマッチしないんでね」
いまや杉さんの福祉活動を知る人も多いだろう。東日本大震災の際には、自前で数十台のトラックを連ねて駆け付けたと話題になったが、災害時に限らず、刑務所、精神障がい者施設などあらゆる場で、困っている人に手を差し伸べてきた。国内外問わず若い頃から続けていることだ。
「いままで多くの人になぜやるのかと尋ねられてきましたが、理由なんてない。いつやってもよいし、やめてもいい。自然体だから続くんです」。そう言いながら、何もかも抵当に入れ、億の借金をして寄付をしたこともある。「自分でもバカだと思うけど、バカでも実行するほうがいい。苦しいから人には勧められません。でも福祉活動は人それぞれでいいわけだから」
そう穏やかに語る杉さん。そんないまの杉さんに、パテック・フィリップはとても似合うのだ。
RYOTARO SUGI 1944年8月14日、兵庫県神戸市生まれ。65年歌手デビュー。67年、“文五捕物絵図”(NHK)にて主演、脚光を浴びる。その後、76年にリリースした“すきま風”はミリオンセラーとなり、テレビ出演は現在までに1400本以上。代表作に“右門捕物帳”“遠山の金さん”“新五捕物帳”“同心暁蘭之介”“喧嘩屋右近”など。15歳の頃から福祉活動に取り組み、現在は法務省・特別矯正監。日本とベトナム、両国の特別大使。福祉関連での受章歴も多数。